玄武洞ミュージアムは前身となる玄武洞資料館開館から、もうすぐ50周年を迎えます!
もうすぐ92歳になる館長が一代で集めたコレクション。
館長は玄武洞のある村(赤石)に生まれ育ちました。玄武洞は国の天然記念物にも指定されており、江戸時代より多くの観光客が訪れている場所です。日本では「玄武岩」の名前の由来となった地として有名です。さらに松山基範博士が玄武洞の玄武岩から南を向く磁石を発見したことで「時代によって地磁気が逆転していた」ことが分かり地球科学の重要な場所として世界に広く知られています。
館長はこのような場所に生まれたからこそ、玄武洞を訪れる方々にもっと地球のことを知ってほしいという熱意から、博物館をつくりました。
はじめは日本や世界各地のさまざまな玄武岩を展示。
そして玄武岩の中の空洞には多種多様な鉱物が生まれること(アメジスト・魚眼石など…)から、地球の作り出す世界の鉱物へと収集は広がっていきました。
地学の知識はすべて独学で、本を読みながら勉強しました。
そして博物館の展示設立にあたって、ドイツやアメリカなど世界各国の博物館を視察しました。
鉱物の収集は、海外の標本が日本に来る機会(ミネラルショーなど)や、ブラジルの日系の方など海外とつながりのある方との関わりによって、大きく珍しい標本を集めることができました。
このように熱心に取り組んでいると、海外では地学は大切にされているのに日本では地学はなかなか学校で習えないから、ぜひとも地球の歴史についても展示してほしい、という後押しがあり、化石の展示もはじめました。
伝統的工芸品である豊岡杞柳細工についてはこの地域に根ざしたものであり後世に伝統をつないでいきたいと、兵庫県杞柳製品協同組合を立ち上げ館長が理事長として、後継者育成教室の開催や館内での展示・かご編み体験による普及活動を行っています。
今の建物は3度目の建物です。 円山川はよく氾濫しており、台風23号の時に旧館が泥につかるなど 試練を乗り越えてきました。そしてついに2018年、道路が氾濫でも大丈夫な高さまでかさ上げされることとなり、六角形の5つ並ぶ建物に建て替えを行いました。リニューアルにあたっては特に「地球の歴史」が一通りわかるように、ステゴドン・ティラノサウルス・ディメトロドンの全身骨格をはじめ、各時代の有名な化石レプリカをアメリカから取り寄せました。展示面積も広がり、鉱物も、館長の倉庫に眠っていた大きな鉱物などを出すことができ、展示が増えました。
館長の熱意とともにある玄武洞ミュージアム。これからも魅力的な展示や体験を目指してまいります。
<沿革>
昭和46年6月16日 玄武洞公園前の同住所に設立母体である“株式会社玄武洞観光”を設立、レストラン玄武洞を開業
昭和51年3月25日 “玄武洞資料館”を開設
昭和58年7月23日 “玄武洞とやなぎの博物館”を開設、日本博物館協会に加盟
平成 1年4月15日 博物館を増設し“奇石の科学館玄武洞ミュージアム”を開設
平成8年7月23日 博物館相当施設に指定
平成16年12月22日 “財団法人玄武洞ミュージアム”を設立
母体である“株式会社玄武洞観光”と分離
平成22年10月15日 “公益財団法人玄武洞ミュージアム”に移行
平成24年3月15日 博物館法による登録博物館認可
平成29年2月 道路のかさ上げ工事に伴い、建替移転
(ミュージアムは一時休館 売店レストランのみ営業)
平成30年3月24日 新ミュージアム全面リニューアル開館
(設計:いるか設計集団)
